2014年四国九州への旅 7
2014年10月31日(金) 新潟県市振〜新潟県燕市
10月31日(金) 昨日予約していた糸魚川市の三菱ふそう指定の整備工場「田辺運輸」に9時に到着。 予想以上に道の駅に近かった。 途中「越後筒石親知らず」の海岸を通って、急で曲がりくねった覆道を走ることになり、大型トラックに挟まれている状態でブレーキが効かなくなったらどうしようと不安に思う。 整備の予約は9時半だったが、駐車場に入ると向こうから出てきてくれて、早速状況を説明すると、すぐに整備員が車を工場の中に運び、ジャッキアップしてタイヤを外して調べてくれた。 結局ライニングは摩耗しておらず、プレーキパッド摩耗検出センサーの配線の取り回しが悪く、ハンドルを切ったときにタイヤホイールのリムに配線が擦れて断線していたのが原因だった。 旅先での車の故障はとても不安だが、この工場の人はとても迅速に対応してくれて、応急処置として配線を繋ぎ直してランプは点灯しなくなった。 修理費は5400円で、これはキャンピングカー販売店で後日返金してくれる事になった。 お礼を言って出発し最初に向かったのが「フォッサマグナミュージアム」だ。 これは昨年の旅で高速道路を降りた交差点に看板が掛かっていて、とても気になっていたのだ。 坂道を登れば到着という坂の入り口に看板があって、3月まで休館だと書いてある。 がっかりしたが、まあ仕方がない。 http://www.city.itoigawa.lg.jp/dd.aspx?menuid=4586 日本海の海岸線を北上する。 「能生(のう)」という道の駅があって、ここには魚が売っている。 同じ魚でも場所が変わると呼び方も変わる。 北海道でいうカジカは新潟ではガンコという様だ。 大型車用の駐車場で大型トラックのフロントタイヤを、運ちゃんが一人で交換していた。 専用工具でナットを締め付けていたが、タイヤも重く、ナットも数が多く、工具自体も大きくて重そうで汗だくで作業をしていた。 大型トラックの運転手も大変だ。 4Lの焼酎8本を積んできたのだが遂に無くなり、直江津のスーパーで安い焼酎を見つけ2本購入。 たぶんこれで家まで持つだろう。 旅も後半に入ると札幌ラーメンか、かっぱ寿司が喰いたいねとずっと話していたのだが、岐阜のバイパスを走っていたら右にかっぱ寿司、左に札幌ラーメンの店を見つけたのだが、中央車線にいたためどちらにも入れなかった。 西の方はそもそも回転寿司が少ないし、あっても浜寿司だ。 あちらはうどん、そば、チャンポンの店ばかりだ。 そんなわけで札幌ラーメンかかっぱ寿司の店があれば入りたいと思っていたのだが、どうもありそうな臭いがすると思ったらかっぱ寿司の看板発見。 一年ぶりに食べたかっぱ寿司のとろサーモンもしめ鯖も旨かった。 しかし最近殆ど食べていないので胃が小さくなっているらしく、腹一杯になって精算したら1000円だった。 柏崎の郊外の坂道を登って行くと、原発の入り口の前を通る道だった。 見ると入り口にはガードマンが警備をしていて、敷地の周りは塀で囲み、塀の上にはコイル状の茨線が張ってあるが、あんな警備じゃテロリストに簡単に破られてしまう。 テロリストは武装をしているのだから、武装した軍隊を配備しなければならんだろう。 「越後出雲崎天領の里」に到着。 ここからは佐渡島が見え、写真愛好家が佐渡に沈む夕日の写真を撮ろうと団体で来ていた。 佐渡はジャイアント馬場の出身地で、馬場がプロレスの修行を外国でしていたとき、太平洋の浜辺で海を見ながら 「海は荒海 向こうは佐渡よ♪」 と日本を思って良く歌ったと言っていた。 ここ長岡市は良寛の出身地で、良寛さんはなかなか隅に置けなくて尼さんの彼女がいたらしい。 今は燕市の「国上(くがみ)」という道の駅にいるが、ここ燕市も関市と同じように刃物の町で、大層立派な包丁や、鍋などが道の駅に飾られている。 |
2014年11月1日(土) 新潟県燕市〜秋田県男鹿半島
11月1日(土) 今日は三連休の初日とて、どこの道の駅も車であふれていた。 帰るために出来るだけ何処にも寄らず走る。新潟の燕市から男鹿半島の付け根迄だから走行距離300キロは軽く超えているだろう。 昔飛行機から秋田の鳥海山を見たことがあるが、日本海から立ち上がっているような山塊でとても綺麗だった。 しかし今日はあまり天気が良くなく、山頂は雲に覆われていたが、時々は晴れて全体が見えることもあった。 山頂部には雪が貼りついていた。 色々な田舎を旅してくると、婆さんがカートを押している姿を見かける。 それで我々はこういう婆さんを見ると 「一体化婆さん発見」 と言う。 我々が婆さん達が押しているカートを押そうとすると腰を曲げた不自然な姿勢になり、腰を痛めてしまう。 腰の曲がった婆さんだから無理なく押せるのだ。 カートと婆さんはとても良い関係だ。 カートは婆さんがいないと動けないし、婆さんはカートが無ければ歩けない。 これはカートと婆さんの共生関係といえるのではないか。 独立した細菌であったミトコンドリアや葉緑体が古細菌に取り込まれて、真核生物が出来たように、これは機械と人間の融合した新しい生命体ではないか? ダーウィンはガラパゴス諸島のフィンチがそれぞれの島で独自の進化をしているのを見て進化論を発表したが、一体化婆さんもそれぞれの地域で進化の微妙な違いが見られる。 たとえば石川県の能登島周辺の一体化婆さんのカートのタイヤは空気の入った大きなタイヤであり、おそらく海で収穫した海産物をたくさん載せる為に進化したのであろう。 それに比べごく普通の田舎に生息する一体化婆さんのカートの車輪は硬質ゴムで出来た直径の小さい物で、カート自体も一回り小さいようだ。 しかし婆さん達の服装に関してはどこの婆さんも地味な模様の生地で、地域による相違はあまり見られないのだが、微妙な違いではあるがその地方にある婆さん向きの服屋で流行の商品と言うのはあるかも知れない。 今追い越した筈の婆さんが又現れて、狸に化かされているのではないかと思うことがある。 |
2014年11月2日(日) 秋田県男鹿半島〜青森市
11月2日(日) 秋田県男鹿半島八郎潟近くの「しょうわ」という道の駅で一晩を過ごす。 本日もより北へと向かう。 昨年も寄った秋田と青森の県境の道の駅「やたて峠」で風呂に入る。 350円也。 九州へ行ってから500円以上の風呂だと、めちゃ高いと感じてしまう。 九州には良い印象しか無い。 コインランドリーは沢山あるし、綺麗な水があるし、ガソリンスタンドも価格が安いし、水の補給もとやかく言われることも無い。 三連休の真ん中だからか、何処の道の駅も車がいっぱいで入れない。 いったい青森人は道の駅の他に行く所は無いのかい。 青森にこんなに人が居たなんて知らなかったぞ。 どこもかしこも人と車でいっぱいだ。 仕方ないから青森県立郷土館に行く。 この郷土館に来たのは三度目だ。 昔からある展示物もあるし新しい物もある。 三内丸山遺跡って野球場を建てようとして基礎の一部も完成していたのに遺跡が見つかった為に野球場の建設は取りやめになったようだ。 県の工事だったから遺跡の保護が成されたが、これが民間企業の工事だったら 「何も見なかった。遺跡ってなんのこと?」 と工事を進めると思う。 津軽海峡フェリーのネット予約は二日前からなので、明日は予約できず一日遊ぶ事になった。 あすの夜までにのんびり大間まで行き、そこでもう一泊して朝7時のフェリーで函館に行く。 それで今日は青森港の夜景が見える路上で泊まることにする。 明日は大間の「かっぱ寿司」でラストかっぱを食べ、函館に着いたらシーユーアゲインヴィバ函館ラーメンをするつもりだ。 |
2014年11月3日(月) 青森市から青森県よこはま
11月3日(月) 昨夜は青森港のトイレのある公園の傍に泊まった。 もう一台バンコンが泊まっていたのだが、夜移動しようとしたら入り口に鎖がかかっていて出られない。 良く見たらテロ対策の為に施錠する様な事を書いてある。 こんな広い敷地で、人なんかいくらでも出入り出来るのにテロ対策も無いもんだ。 だいたい何も無い空き地なのに、何か爆破される物があるのか? そんなことより原発テロの対策をしろってんだと思いながらも、仕方がないので朝9時に解錠されるまで待つ。 朝純子が先に起きていて、もう一台のバンコンが居なくなっているという。 見たら工事の車両が出入りしていたので、その間に脱出する。 そのまま大間に走るつもりで出発したが、猛烈な風が吹いている。 旅の途中2度遭遇した台風よりも酷い風だ。 天気予報によると風速28メーターだそうだ。 浅虫温泉の辺りの海岸は道路にまで波しぶきが飛び散っている。 突風に車が持ってゆかれる。 それでも何とか下北半島の中間くらいの横浜の道の駅にたどり着いたが、到着するちょっと前に電話がかかってきていたが運転中で出られなかった。 かけ直してみると津軽海峡フェリーで、4日の朝7時のフェリーは欠航になったという。 それで午後からの便に変更したが、それも出航するかどうか分からない。 さらに風が酷くなり、とても運転できる状況ではなくなってきた。 時間はたっぷりあるし、ここから先には泊まれる場所は無いので本日は「よこはま」の道の駅に泊まる。 |
2014年11月4日(火) よこはま〜大間
11月4日(火)
本日はフェリー全面欠航。
とりあえず大間までは来た。
やることが無いので大間岬のキャンプサイトの、漁師夫婦が経営する店で朝から酒を飲む。
雲の動きが尋常ではない。
マグロ漁師の旦那がこの風は台風以上だと言う。
大間はあまり台風が来ないらしい。
天気図を見ると台風20号なんかが赤ん坊に見えるくらいの大きな、等圧線の密集した低気圧が東北北海道に被さっている。
爆弾低気圧だ。
こんな物が東京に来れば全国ニュースで大々的に報道されるのだろうが、地方なものだから話題にもならない。
それでも明日はフェリーは運航しそうだ。
まあ又欠航になったら朝から飲むだけなんだが。
大間に来たら「ラストかっぱイン大間」をしようと思っていた。
何故か大間の郊外にショッピングモールがあって、そこに「かっぱ寿司」があったように記憶していたのだ。
しかし来てみたらそんな物がある気配は無い。
どうも何かの勘違いらしい。
でも諦めきれずに、大間は田舎の振りをしているが、実は隠れ里の様に郊外に大きなショッピングモールが隠されていて、よそ者には気づかれないようにしているのではないかという気がして、ナビで調べて怪しげな所に行ってみたが何もなかった。
大間でかっぱ寿司を食べたというのはやはり気のせいなのか。
2014年11月5日(水) 大間〜札幌
35日に及んだ旅が終わる。走行距離は8000キロになった。
旅が終わってみたら、何か、全て遠い過去の出来事のように思われる。
ずーっと車の中で生活していたので、家に帰ってきて掃除ひとつにしてもどういう手順でやっていたのか忘れている。
おいおい旅行前のペースに戻るのだろうが、ちょっと時間がかかりそうだ。
サブバッテリーチャージャーとフロントブレーキのパッドの異常検知センサーの配線断線と、FFストーブの故障が起こり修理に出したが、車の走行には問題は無かった。
燃料代が12万円、最初は高速を利用したので高速料金が16000円、フェリーの乗船料が約28000円くらい。
食費なんかはほとんど自炊だったからあんまりかかっていないと思う。
酒代が結構かかっているかな。
九州の野菜果物は信じられないほど安かった。
ミカンなんか中玉くらいの奴が50個ほど入って450円だったからね。
九州に住んでいたらとりあえず飢え死にする心配はなさそうだ。
日本ってのは本当に南北に長い。
きっと今頃も九州では半袖で暮らせるのだろう。