スナック恐山


本町の串鳥で飲んだ後、もう一軒行こうということになり、あるビルの看板を見上げたら「スナック恐山」という店があった。「怖しそうな名前の店だね。」ということで、いってみた。
名前がおどろおどろしいのでどんな店なんだろうと心配しながらドアを開けてのぞいてみると、ごく普通のスナックだったので、ちょっと拍子抜けしてしまった。
カウンターに座ると、泉ピン子を二、三回階段から蹴落としたようなママがおしぼりを渡してくれて、「何にしますか?」というのでとりあえずビールを頼んだ。
見回すと壁には原色で武者絵が描かれた津軽凧が架かっていた。

すが

ママは青森出身なのかい?

ママ

ああ、店の名前かい?北海道に嫁に来るまで大間にいたんだよ。

すが

大間ってマグロの一本釣りで有名なところだよね。親は漁師かい?

ママ

父親は5歳の時に海で死んじまってね、祖母が恐山のいたこだったから母親もいたこになって女手一つで育ててくれたのさ。おかげで私も子供の頃から、いたこの口寄せの修行をさせられてさ。

純子

そしたら死んだ人の霊を降ろすことができるんだね。
前、テレビで見たんだけどさ、いたこの婆さんがマリリン・モンローの霊を降ろすっていうんで見てたらさ、「わだすがマリリン・モンローだす。」って津軽弁丸出しでずっこけたよ。アメリカ人なのに何で英語で喋らないのさ?

ママ

それはね、霊界には言葉も国籍も無いんだよ。いたこは霊の意志を伝えるだけだから育ったところの言葉でしか伝えられないのさ。

純子

私はちょっと文句を言いたい奴がいるんだよ。
ノストラダムスって知ってるだろう?
ちょうど世紀末に「大予言」なんて云う映画がはやってさ、一九九九年七の月、空から恐怖の大王が降りてくるっていうから、あたしゃ戦争でも起こるとすっかり信じこんじまって、どうせみんな死ぬんなら好きなことやって死のうと思ってパチンコ屋に行って大散財しちまったよ。そしたら、なんのこともなく過ぎていったじゃないの。
一言文句云ってやらなきゃ気が済まないね。

ママ

随分古い人だね。あんまり昔の人だと口寄せも難しいかもしれないけれど、とりあえずやってみるかね。

そう言ってママは後ろの棚から大きな数珠を取り出した。
目をつむりながら念仏を唱え続けていたが、やおら奇声をあげ虚空を睨んだかと思うと、ばったりとカウンターに俯せに倒れてしまった。
やがて静かに顔を起こしたが、すでに目つきがさっき迄のママではなかった。
「私がノストラダムスです。」
しわがれた声でママ、いやノストラダムスが言った。

純子はすがの耳元に口を寄せ小さな声で

「なんか、似てない物まね芸人が最初に物まねする相手の名前言うのと似てないかい?怪しいねえ。だいたいノストラダムスの声なんて誰も聞いたことが無いから、誰もわからないしねえ。」

しかし、そこは人扱いのうまい純子のこと、ノストラダムスに向き直ると疑っている様子は微塵も見せず

「ノストラダムスさん。お会いできて光栄です。私、昔から貴方のファンだったんですが、どうして私みたいな善良な女からお金を巻き上げるような事をするんですか?おかげでその後私は、インスタントラーメンばっかり食べてたんだよ。」

ノストラダムス

「はて?何のことやらよくわからんが、もしかして私の書いた大予言のことかな?どうも最近あちこちから呼ばれて文句ばっかり言われているんだが、あれはわしの書いた詩集でのう、本来『百詩選集』とでも訳すべきところを誤訳で『諸世紀』などという物々しい名前にされてしまったのだよ。夢で見たことをつらつらと詩にして書きつづっていたものを出版しただけなのに、後世の人間が勝手な解釈をして騒いでいるだけの話でワシには責任は無いのだ。これでいいのだ。」

純子

ふん、バカボンのパパみたいなふりしたってごまかされないよ。
私のパチンコ代かえせ!

ノストラダムス

おっ!又どこかでワシを呼んでいる!もうちょっと詳しく説明してあげたかったのだが、誠に残念である。では失礼する。

ノストラダムスはそういうと又、ばたっとカウンターに倒れ込んだ。
やがて静かに起き上がるとママの声で「どうだったい?ノストラダムスはやってきたかい?」

純子

私のパチンコ代返さないで逃げちまったよ。全く腹の立つ親父だよ。

すが

ふーん、面白いな。俺も誰か呼んでもらおう。
家の母親の爺さんが幕臣でさ、戊辰戦争の上野での戦いの時幕府の金をどこかに埋めて隠したらしいんだが、間抜けなことに戦が終わって掘り出そうとしたんだけど、どこに埋めたか分からなくなってしまったんだそうだ。俺が忘れっぽいのはその先祖の遺伝だな。その爺さんを呼び出して金のありかを思い出させられないもんだべか。

ママ

名前はなんて云うんだい?

すが

名前ねぇ、、、。母方の名字は中村なんだけど名前までは聞いてなかったな。母方の親戚はもうみんな死んでしまって誰もいないし、婆さんもぼけちまって覚えてるわけないしなあ。
まあ、とりあえず中村権左右衛門と云うことで手を打ってくれないか?

ママ

そんないい加減なことでちゃんと口寄せできるか分からないよ。しょうがないねぇ、あんたの守護霊には誰かご先祖様がついてるだろうから、その霊に聞きながらたどってみるかね。

又ママがお経を唱えながら奇声をあげてばったり倒れ起き上がった。

「拙者を呼んだのはどなたでござるか。戦もなく静かに眠っておったのに。」

すが、純子

あっ、権左右衛門さんが出た。

「権左右衛門とはどなたのことであろうか。拙者、中村八兵衛と申す。」

すが

ああ、そうそう、母親から聞いていたのに最近どうもど忘れが激しくて。
実は私は八兵衛さんの子孫でして、常々母親から八兵衛さんがいかに御立派だったか伺っておりました。私もいずれ八兵衛様のような立派な人間になりたいと、日々努力をしております。何でも上野の戦では獅子奮迅の活躍をしたと伺っております。

八兵衛

はて?拙者は金庫番だから軍資金を守っておっただけで、特別戦う事もしなかったが。
アームストロング砲にはしてやられたわい。全く戦は武器と物量じゃわい。槍や刀の時代は過去のものだとつくづく感じさせられたものじゃ。

すが

「ラスト・サムライ」ですね。
ところで伺えば、逃げるときに軍資金を敵の手に渡らないようにどこかに埋めたとか聞いているんですが。

八兵衛

そうなんじゃ。戦の最中にこの戦況では負け戦になることは間違いないと思った拙者は、敵になんとしても軍資金を渡してはならないと思い、寛永寺の境内の松の根元に穴を掘って千両箱を埋めたのじゃが、戦が一段落して掘りに戻ってみたら、木が多すぎてどこだったのか見当がつかなくなってしまってのう。

純子

そしたら今は金属探知機なんかも有るから、その寛永寺って云うところに行ってかたっぱしから松の木の根元を探したらいいんでないかい?

すが

それがさ、上野の戦で建物のほとんどは消失して、今は東京国立博物館になってるのさ。

純子

それじゃあ掘り出せないじゃないのさ。あんたのご先祖さんだからあんまり言いたくないけれど、もうちょっと何か目印になるものを置いとくとかできなかったもんかね?

すが

方向音痴と忘れっぽさは御先祖様以来のことだったんだな。俺なんか「ドラクエ」やり終わったら地形もストーリーもすべて忘れ去ってしまうから、同じゲームを何回でも新鮮な気持ちでできるもの。

八兵衛

その「ドラクエ」というのは猫の餌であろうかの?
とりあえず、我が子孫が残っているということがわかり、今日は一安心いたした。
拙者これにておいとまいたす。

というと八兵衛はばたっとカウンターに倒れ又ママが現れた。

ママ

ああ疲れた。あんたには狐やら狢やらの下級霊がたくさん取り憑いていて、そいつらをかき分けて先祖の霊を探すのが大変だったよ。

純子

私、ジュリーに会いたい!

すが

ジュリーってだれだ?

純子

ジュリーって云えば沢田研二に決まってるしょ。
私昔からのファンなんだ。よく子供の頃、樹木希林のまねしてポスターの前で「ジュリ〜〜!!」って腰振ってたよ。

すが

だって死んでないだろ。

純子

生き霊ってのがあるだろ。ねえ、ママ何とか出せないもんかね。出しておくれよ。

ママ

生き霊ねえ。難しいけどやってみようかね。

例のごとくカウンターに突っ伏した後やおら起き出すと

「壁際に寝返りうって〜♪背中で聞いている〜♪やっぱりお前は出て行くんだね〜♪」

マイク片手に歌い出した。

すが、純子

あっ、ジュリーだ!

ジュリー

どうも、沢田研二です。今日は福岡のホテルでディナーショーが有ったのに突然こんなところに呼び出されてしまって、全く迷惑ですね。何の用ですか?こう見えても僕はけんかっ早いので事と次第によっては容赦しませんよ。

純子

ごめんなさい。私ジュリーのファンでどうしても会いたかったものですから。
お忙しいところすみませんがサインを書いていただきたいのですが。

ジュリー

僕のファンと云うことであれば怒るわけにもいかないねえ。どこにサインすればいいんだい?

純子はTシャツの背中にサインをしてもらった。

すが

あれ、ひらがなで「じゅりー」って書いてあるぞ。おまけにミミズの這ったような字だね。

ジュリー

君は失敬な男だな。僕は失礼する。急いでショーに戻らなくては。

その後スナック恐山には他の客の注文もあり、坂本龍馬や織田信長といった歴史上の人物からSMAPやらインリンやらの芸能人、果てはETやらトトロといった連中が死霊、生き霊を問わず口寄せされ朝まで大騒ぎだった。