パート主婦の昼休み



主婦A

あー、疲れた!全くここのホテルのベッドメイクの仕事は疲れるね。私なんかはもう年だからさ、若い人と違って体力が持たないわ

主婦B

ホントそうだよね。ここのホテルは札幌のホテルの中でも一番仕事がきついらしいよ。

主婦A

ところでこないだ膝が痛いって言ってたけど治ったかい?

主婦B

膝の軟骨が磨り減ってきてるから注射打ってだましていくしかないのさ。旦那もこないだ病院に行ったら同じ変形性膝関節症って言われて、全く我が家で健康なのは婆さんだけだよ。

主婦A

婆さんはいくつ?

主婦B

今88なんだけどさ,これが元気でさ、こないだ病院に連れて行ったら医者に、「ご立派です、どこも悪い所がありません、血液さらさらです。」って言われて、老人介護施設に行ってもらう都合があるから悪いところが無いと困るんで、「先生それじゃ困るんです。どっか悪いとこがありませんか?」って念を押したら、「そうですね、しいて言えば脳が小さくなって来てますね。」って言われてさ、最近随分頓珍漢なことをやるからやっぱりぼけてきてるんだなとは思ってたんだけどね。
こないだも、旦那の娘と三人でお寺に行ってきたんだけどね、家の墓はロッカーみたいな奴なんだけどさ、坊主にお経を上げてもらったあと婆さんがロッカーを見上げながら「ここの人達は元気なのかね?」って聞くのさ。
此処の人って誰のことを言ってるのかわからなかったけど、他のロッカーに入ってる人のことを言っているのかなと思ったから「ん〜、ここの人達は元気じゃないと思うけど。」って言ったら、「ああ、そうなんですかぁ。」と大層感心していたよ。じき入るところだからなにか見えてたのかねえ?。 
それで「爺さん死んで何年経つの?」って聞いたら「去年の5月に死んだんだけど、私も急なことで驚いているんです。」なんて言うのさ。爺はもう30年も前に死んでるだろうって。

主婦A

私も婆さん居たんだけど去年死んだんだよ。ちょうど米寿のお祝いをした後だったんだけど、そのあとすぐに死んだんだよ。

主婦C

あら、あんたんところもそうかい?私のとこもやっぱり88で死んだんだよ。やっぱり米寿だというので、盛大にお祝いしてあげたのさ。
そしたらその後、ころっと逝っちまったよ。

主婦B

やっぱりお祝いしないとだめかね

主婦C

そうだよ。中途半端にやっちゃ駄目だよ。盛大にしなきゃ駄目なんだよ。そうしたらすぐにころっと逝くから。
私、ほかでも同じことたくさん知ってるもの。

主婦B

こないださ、ちょっと飲みにいったのさ。そしたら婆さんの話になって世話をするのが大変だってママと話してたら、いつもその店に飲みに来てる親父で、もう70近いんだと思うんだけど「そんなのは当たり前だ。若い人が老人を面倒見るのが順番というものだろう。」なんていうのさ。
私、あたまに来ちゃって言い合いになったんだけどさ、そしたらママがさ、その爺さんオーさんて云うんだけどね、「オーさん、あんた自分の母親を引き取ったら、奥さん熱出して寝込んでしまって1週間で帰してしまったじゃないの。」って言うのさ。
それを聞いてあたしゃもっと頭に来て、さんざん文句言ってへこましてやったさ。

主婦A

だいたい男なんか自分で世話をしないから勝手なことを言えるのさ。
パートで働きながら家事をして更に年寄りの面倒を見ることがどんなに大変か、実際に自分が体験しなけりゃわかるはずがないよ。

主婦B

だから私なんか仕事で手も足も抜くのさ。
カーペットなんか掃除機の音を鳴らしてるだけだし、風呂だって使ってなかったらそのままさ。

そりゃ確かに旦那と話すときは「あの婆が」とか言ってるけどさ、別に憎くて言ってるわけでもないし、ちゃんと面倒見てんだよ。しものほうも最近ゆるくなってきてよくお漏らししてるんだけど、後始末やってるんだよ、ちゃんと。
家の場合は旦那も一緒になって婆の面倒は大変だと言ってくれてるから救われてるけど、そうでなかったらノイローゼになってしまうさ。
ほんとに介護保険制度があって助かってるよ。家は週に5日デイケアサービス使ってるけどさ、朝から晩まで一緒にいたらたまらないよ。婆さん、耳も遠くなってるからテレビのボリュームを最大にしてるのさ。居間のテレビの音を消してもちゃんと隣から聞こえるんだから。それにおしゃべりで朝から晩まで独り言を言ってるのさ。
初めて嫁に来たときは絶対誰かが来てるんだと思ったもん。
普段は自分の部屋でテレビに向かっておしゃべりしてるんだけど、たまに居間に来て座り込まれたら最後、こちらが聞いていてもいなくても30分はしゃべり続けるんだよ。大体は自分の子供の頃にあった出来事を延々と話し続けるんだけど、初めは知らないから黙って付き合ってたけどさ、旦那は婆さんが座り込んで話し出すと2階に行ってしまうのさ。結局私が被害者さ。
旦那の娘が介護福祉士やってるんだけどそこの施設に知り合いのスナックのママの母親がデイケアーで通ってるんだけど、そのママもやっぱり同じことを言ってたよ。そういう時は台所に立って忙しそうに皿を洗うんだってさ。そしたらあきらめて部屋に戻ってゆくんだって。実の母親でもそう思うんだよ。ほんとに私が嫁に来てやらなかったら家の旦那、今頃どうしていたんだろうね。

主婦A

年寄りの面倒見なけりゃならないの分かってて結婚するの抵抗無かったかい?

主婦B

結婚するとき家の旦那は「大丈夫、今83だからあと1,2年の辛抱だから。」って言ってたのにさ。
まったく騙されたよ。この勢いなら100迄生きそうだよ。
私たちの方が先に逝くかもねぇ。
こないだテレビで見たんだけどね、ご長寿の爺さんが居てさ、アナウンサーが息子に「お父さんがお元気で嬉しいでしよう?」とたずねたら70歳の息子が「なにいってんだ。早いとこお迎えが来てくれなけりゃこっちが疲れて死んでしまう。」と言ってたよ。

主婦A

年寄りがいる家庭は本当に大変だよ。

主婦B

それでもね、去年ちょっと都合が悪くて4日間ほど施設に預けたんだけど、ちゃんとこの日に迎えに来るからねって教えていたのに、施設の人の話によると帰ってくる前の晩「誰も迎えに来てくれない。」ってベッドでしくしく泣いてたんだとさ。
そんなことを聞くとね面倒見られる限りは見てやらなくちゃと思うんだよね。
嫁に来た頃はまだしっかりしていてね、私のことを「どこの馬の骨ともわからない女」なんて悪たれたれてたんだけど、このごろは呆けてしまって子供みたいなんだわ。
呆けるってことは本人にとっては死の恐怖もなくなるし幸せなことなのかもね。

主婦C

だけど面倒見るほうは大変さ。下手すると家庭が壊れてしまうよ。
まあ、あとは苦しむことなく旅立ってくれれば本人も幸せだろうね。
やっぱり米寿のお祝い、盛大にやらないといけないね。

主婦B

そうだね、さーて、仕事に戻るか。