リサイクル戦争
S氏の納屋にパソコンのCRTのモニターが転がっている。
長年使ってきたのだが、新しく液晶モニターを買ったので必要が無くなったのだ。
捨てようとは思うのだが、市の廃品回収を利用するとリサイクル法のせいか、びっくりするくらいの値段を請求される。
以前家の前を通りかかった廃品回収業者に、試しに壊れたテレビを持っていってもらったら半分くらいの値段だった。
たぶんこれは破棄するのではなく修理清掃し、リサイクルショップや東南アジアなどに販売して二重の利益を得ているのでは無いかとS氏は勝手に想像している。
それで味を占めて、パソコンのモニターを出してやろうと車が来るのをずっと待っていた。
しかしいざ待ってみるとなかなかやってこないものだ。
しかしある日家でくつろいでいると、廃品回収業者の車がスピーカーから宣伝をしながらやってきた。
それであわてて外に出てみると、すでに車は何処にも見当たらなく、スピーカーの声が遠ざかってゆく。
「仕方がないな。」と思い家に戻り妻に話すと
「何でそんなに速く走るのかねえ。」と言う。
すると又ある日
「ご不要になりましたテレビ、家電製品などございましたらお引き取りいたします。」
という声が聞こえたので転がるように階段を駆け下り、玄関のドアを開けて外を覗くと、荷台にいくつかの家電製品を積んだ軽トラックが道角を曲がろうとするところだった。
あわてて靴を履き
「待ってくれえ〜!」
と叫んで車を追いかけたが、なにぶん昨年骨折し十分に回復していないため走ることが出来ない。びっこをひきながら道角まで来た時にはすでにトラックの姿は何処にも見当たらず、スピーカーの声が遠ざかってゆくばかりだった。
車の速度が速すぎて声をかけようにもかける暇も無いのだ。
漫画家の蛭子
能収は昔、古紙回収の仕事を始めたことがあった。
団地の中をスピーカーを鳴らして走るのだが、恥ずかしいものだから車のスピードが知らず知らず上がってしまって誰も追いつけなかったと言っていた。
もしかすると仕事を始めたばかりで恥ずかしいのかも知れない。
それでこちらも作戦を練って自転車の荷台にモニターを括りつけておいて、いざ車がやってきたらすぐにサドルにまたがり追いかけてやろうと手ぐすね引いて待っていた。
そんなある日、又遠くから廃品回収のスピーカーの音が聞こえてきたので「スクランブル発令!」とばかりに外に出て辺りを見回せば、今まさに向こうの角を曲がろうとしている軽トラックが居るではないか。
あわてて自転車にまたがり追いかけたのだが、モニターが結構重量があるし、バランスが取りにくいため走り出すのに手間取り、またしても見失ってしまった。
病み上がりの身体ではあの軽トラックに追いつくことは出来ないと思い、今度は車にモニターを載せておいた。
待つこと数日、例の車のスピーカーの音が聞こえてきた。
車に乗り込み音のする方角に走り出した。
角に停まり左右に注意を巡らし音の方向を見定めハンドルを切る。
だんだん音が大きくなる。どうもこの道の一本裏道をこちら方向に向かってきているようだ。アクセルを踏み交差点を右折しさらに右折すると例のトラックが居た。
「野郎!見付けたぞ!」と思い、スピードを上げトラックに追いつき、車から降りて手を振って
「ちょっと持ってってもらいたいんだけど。」
と運転席に近づいていったら、突然軽トラックが急加速して走り出した。
唖然として見ているうちにトラックは次の角を右折して見えなくなってしまった。
あわてて車に戻りアクセルを踏み込み後を追って角を曲がると、トラックはもう次の角を左折しようとしている。
「逃がしてなるものぞ!」
とアクセルべた踏み状態でタイヤを空転させながら発進し、後を追って角を曲がると50メートルほど先に軽トラックが見えた。
床が抜けるんじゃないかと思うほどアクセルを踏んで加速してゆくと、だんだん距離が狭まってトラックのすぐ後ろに追いついた。
クラクションを鳴らし、パッシングしながら身振りで「出したい物があるんだ。」とやってみたが軽トラックはスピードを緩めない。
それどころか次の角をスピードを緩めることなく、ドリフトで後輪を滑らしながら強引に車体を振り回し曲がってゆく。
こちらはそんなテクニックは無いから減速しゆっくり曲がって前を見れば、奴はもう次の角を後輪から煙を出しながらひっくり返るんじゃ無いか?と思うほど車体を傾かせてドリフトして、スピンするぎりぎりの所でカウンターステアーで留まり、ものすごいスピードで右折していった。あの立ち上がりの早さからいってアクセルをつま先で踏みながらエンジン回転数を落とさず、踵でブレーキングするという、いわゆるヒール&トゥーというテクニックを使っていると思われた。
元はF1レーサーだったのかも知れない。
そんなわけでまたしても見失って妻に事情を話すと
「あんたの顔見て因縁付けられてると思ったんじゃない?あんた寒くなって空気が乾燥すると眉毛が抜けて怖い顔になるからさ。
知り合いで無かったら思わず視線をそらせるよ。関わり合いになりたくないって思ってさ。」
と、酷いことを言う。
それでS氏は妻の言葉にも腹が立ち
「おのれ!我が人生のすべてをかけて、あの回収業者にモニターを持って行かせてみせる。」と、心に固く誓ったのであった。
それからのS氏は多忙であった。
毎晩夜遅くまでネットで何事かを調べ、メールのやりとりをし、昼は昼で仕事の傍らあちこちと打ち合わせをしていた。
そんな事が続いた後ある日突然S氏は妻に、
「明日から改装が始まる。今度のリフォームはこの間やった物とは規模が違うからしばらくウィークリーマンションに引っ越すことになる。」
「あんた、こないだリフォーム終わったばかりなのに、何でまた改装しなくちゃならないのさ。」と妻は抗議したが、S氏は「男の意地だ。」としか言わず、有無をも言わせず荷物をまとめさせた。
それからひと月あまりS氏夫婦はウィークリーマンションで過ごしていたが、S氏は煩雑に工事の進行状況を見学に出かけ、帰ってくるのが深夜になることも多かった。
建設会社から工事が終わったとの知らせを受け、S氏は妻と共に我が家に帰った。
S氏は建設会社の社長に「良くひと月あまりでこれだけの工事が終わったねえ。」と言い、
建設会社の社長も「突貫工事で大変だったですよ。おまけにあんな物を搬入しなけりゃならなかったから、深夜の作業もあったし本当に大変な仕事だったですよ。」と答える。
しかし妻が見た限りでは外見上リフォーム前と同じ様子で、外壁の塗装が剥がれた部分もそのままだった。
「あんた、リフォームしたっていうけど、何処か変わったところでもあるのかい?」
と妻になじられたが、S氏は
「まあ、そのうち解るさ。」と言うだけで何も答えようとしなかった。
リフォーム後もそれ以前と何の変化もない平々凡々とした日々であった。
ある日S氏が居間で寝転がってテレビを見ていると、どこからかリサイクル業者のスピーカーの音が流れてきた。
S氏はすっくと立ち上がり
「ついに来たか。目に物を見せてくれる。」
と不適な笑いを口元に浮かべ、びっこをひきながらパソコンに向かい、なにやらキーボードのキーを叩き始めた。
するとパソコンのスピーカーから国際救助隊の「サンダーバードのテーマ」が大音量で響き始め、居間の床が左右に開き始めた。
仰ぎ見れば天井も開き始め青空と白い雲も見える。
妻は吃驚して腰を抜かし
「あんた地震だよ!家が壊れるよ!」
と叫んでいたが、S氏は意に介さず
「大丈夫だ!まあ見ていろ!」と言う。
そのうち家は割れるのをやめたが、今度は床下からカシャカシャとチェーンがスプロケットにかみ合う音がして割れた居間の床から何かが上がってくる。
飛行機の尾翼のような物が見え、飛行機の主翼の様な物が見え、飛行機の操縦席の様な物が見え飛行機の着陸ギアの様な物が見え、全体が現れたときは誰がどう見ても紛れも無い戦闘機の姿がそこにあった。
「あんたこれなんなのさ!」と妻はヒステリックに叫んだ。
「何なのさって、見ての通りハリアーU AV−8Bだよ。垂直離発着できる優れものだよ。フォークランド紛争の時はミラージュ相手に無敵を誇ったんだぜ。F14やF15相手の模擬空中戦でも撃墜してるんだよ。」
「そんな事はどうでも良いんだよ!何でこんな物が家の床下にあるのさ。」
「何でって買ったからだろ。インターネットオークションで競り落としたのさ。」
「そんな金何処にあったのさ!まさかあんた現金輸送車でも襲ったんじゃないだろうね?!」
「人聞きの悪いこというもんじゃないよ。米海兵隊の退役した機体だから安かったんだよ。ちゃんとローン組んでさ。500年だけど、、、。
そんなことより、ぐずぐずしている暇はない。リサイクル業者の車が行ってしまう。」
そう言ってS氏はラダーを駆け上り、コクピットに座ってあちこちスイッチをいじくり始めた。
「あんたそんなところに入って、まさか飛ぶつもりじゃないだろうね。飛行機なんて運転できるのかい?」
妻が叫ぶとS氏は
「俺は航空自衛隊に居たんだぜ。まあ、ボイラー焚いてたんだけどさ、、、。だけどフライトシュミレーターのゲームで特訓したから大体の操縦は解ってるんだ。」
「大体ってあんた、、、。」
S氏はスターターのボタンを押した。
ペガサスエンジンのタービンがゆっくりと回り出し、やがて高回転になり、高温高圧になった空気が燃焼室に送られ、そこに燃料が吹き込まれるとジェットエンジン特有の甲高い金属的な轟音が町内に響き渡り、近所中の老若男女が何事かと飛び出してきた。
隣の寝たきり爺さんなんか自虐癖があるので手足をベットに縛り付けられているのに、亀の甲羅のようにベットを背負いながら飛び出してきて、入れ歯をカタカタ言わしながら何事か叫んでいる。
ハリアーUのノズルレバーを動かし4つのノズルを下に向け、スロットルレバーを注意深くスライドさせてゆくと爆音と共にゆっくりと上昇してゆく。
地上の人がどんどん小さくなって行く。
敵を見付けやすくするためにキャノピーは跳ね上げたままだ。地上30メートルほど上昇したところで公園の脇を走る例の軽トラックを見付けた。
「おのれ!今度こそ逃がさないぞ!」
そう言ってS氏はホバリングしながら軽トラックの方に近づいて行った。
徐々に高度を下げてゆくと軽トラックの運転手は気づいたらしく、運転席の窓から頭上の戦闘機を見上げ、そこに乗っているのがS氏だと見るや「あっかんべえ」をして急にスピードを上げ始めた。
軽トラックはコマネズミのように走り回り、時にはスピンターンをして進路を変え逃げ回る。しかしハリアーUも機動力にはひけをとらない。ゆっくりと向きを変え、見失えば一旦上昇し位置を確認するということを繰り返した。
上空から監視しているとやがて軽トラックは袋小路に入っていった。
ここがチャンスとばかり降下し、袋小路の入り口上空10メートルほど迄降下して追い詰めていった。
敵は行き止まりだと気づいたらしくスピンターンでクルッと向きを変えると、アクセルベタ踏みで急発進しようとした。
S氏はハリアーUの機首をお辞儀をするようにゆっくり下げ、軽トラックの進路に向かって操縦桿のトリガーを引いた。
25ミリ機関砲の弾幕がアスファルトに打ち込まれ、破片が水しぶきのように跳ね上がった。硝煙が消えたとき、流石に敵も観念したのか動こうとはしなかった。
S氏のハリアーUはゆっくりと軽トラックに近づいて行き、トラックの荷台の上で静止した。
エンジンの噴流で軽トラックがひっくり返りそうに揺れている。
S氏は操縦席に仁王立ちになった。
その腕には要らなくなったモニターがしっかりと抱きかかえられていた。
「持って行きやがれ!」そう言ってS氏は軽トラックの荷台にモニターを放り投げた。
髭面の運転手は悔しそうに舌打ちをしながら「2000円」と手を出した。
S氏は「釣りはいらねえぜ。」と財布ごと投げ捨て「わっはっは。」と高笑いをしながら上昇していった。
しかし我が家の上空に近づくにつれS氏の気持ちは落ち込んでいった。
妻が激怒する姿が脳裏に浮かんだ。
曰く
「こんな物家に置いといてどうすんのさ。あの回収業者だって持ってゆかないしょ。」
曰く
「500年のローンなんてどうやって銀行をだましたのさ。払いきる前に死んでるだろ?」
曰く
「こんな子供っぽいリフォームして何時までも子供なんだから。せめて壁の塗装くらい直しとけば良かったろ。」
その口調や仕草までもがまざまざと思い浮かんだ。
「女には男のロマンなんて解らないのさ。いっそのことこのままずっとずっと空の高み迄飛んでいって鳥になってみたい。」
そう言ってS氏はキャノピーを閉じ、可変ノズルの向きを変え、操縦桿とスロットルレバーを引いた。
エンジンは轟轟たる音を立て、機首を立てたハリアーUは蒼穹の中に吸い込まれていった。
しかしS氏は自分が必ずいつもの日常生活に戻ってゆくだろう事も確信していた。