ある日の夫婦の会話 3
純子がパソコンの椅子のカバーを張り替えた。
前のカバーが汚れてしまって、洗濯しても綺麗にならないからだ。
そのカバーが黄色地にハイビスカスの花があしらわれていて、えらく派手だ。
すが
随分トロピカルな生地だね。これ、安かったろう?
純子
あんたよくわかるね。安いから買ってきたんだよ。
すが
そうだろうな。こんな生地アロハシャツ以外に使えそうもないもんな。きっと売れ残っていたんだろう?
純子
そうだと思うよ。レジで店員が綺麗な生地ですねえ、と言うからあたしも「そうですねえ。」と言ったけど、家の中だったらなんでもいいやと思ったのさ。まだ沢山余ってるからカーテンでも作ろうかねえ。家の中がハワイになるよ。
すが
そうだなあ。このカーテンも、もう25年も使ってるから気分転換に良いかもしれないな。寝椅子おいて、裸にサングラスでトロピカルジュースでも飲んだら気分出るかもな。
純子
そしたらあたしは椰子の実おっぱいにつけて踊っちゃうよ。
すが
そしたら俺はちんちんサックつけて槍持って踊るわ。
それでテレビを見ていると女子プロゴルファーが映っている。
すが
それにしても、この服装何とかなんないのかね。工場で働いてるんじゃないんだからさ。
お金もらうプロってのは魅せると云うのも大切なことだと思うんだがね。
昔、ローラ・ボウって居たじゃないか。
ミニスカートでさ、芝を読むのにかがむと太股が見えてさ、ああいうプロ意識を持った女子プロゴルファーが何で主流にならなかったんだ?
俺なんかゴルフに興味ないけどローラ・ボウだけは知ってるぞ。
純子
あんたみたいな邪な気持ちで見る奴が多いから流行らなかったんじゃないの?
すが
昔さ、女子プロレスラーの下田美馬が言ってたんだけどさ、下田美馬と豊田真奈美のタッグが若い頃、会長に「ハイレグ水着で試合してくれないか?」と言われたんだとさ。
まあ、タイツくらいは履くんだろうが、二人は泣いて抗議してやめてもらったらしいんだけど、その後一人前のレスラーになったら下田はへそを出し、豊田は半ケツの水着を着るようになったという話さ。
女子プロレスなんて見られてなんぼの世界だから、客を集めるには色気も売り物にしないとね。
女子プロゴルファーなんてプロとしての自覚が足らんわ。
純子
全くあんたはスケベだね。女のケツ見るために行ってたのかい。
すが
ところが、試合を見てるとあんまりそういう事は感じないんだな。よくおっぱいとか、もっと微妙なところが見えたりすることもあるんだけど、不思議と性欲は感じないんだよ。
やっぱりアスリートとして尊敬している部分が多いんだろうな。
純子
本当かどうか怪しいもんだね。でも、昔ボーリングがはやった頃、みんなミニスカート履いてたよね。あたしなんかも若い頃よくミニスカートやタイトスカートが似合うって言われたよ。脚にはちょっと自信があったんだ。お尻なんかピッと上がってたし、その頃あんたと会ってたら大変だよ。毎日鼻血で輸血さ。
あんた!何で急に新聞読み出すのさ?!
すが
いやその、ちょっと明日の天気が気になって。
純子
あんたはグラディスの旦那かい。「奥様は魔女」で、お隣を観察するのが趣味のグラディスが「あーた、ちょっと見てみなよ。隣、なんかおかしいよ。」
と言うと、旦那が「おかしいのはお前の頭だあ。」と新聞から目も離さずに言ってたよね。
すが
「奥様は魔女」は面白かったなあ。最近又BSでやってるけどさ、「うる☆やつら」の高橋留美子なんかのギャグは「奥様は魔女」の影響を受けてるよ。
純子
あんたはどうでも良いことを良く知ってるね。そんな物は生きるのになんにも役に立たないってのにさ。
すが
どうでも良いことが面白いんじゃないか。
どうでも良くないことばかり考えなきゃならないというのは不幸なことだよ。
俺なんか、何かネタにつかえる面白い事がないかと何時も探してるよ。
純子
それでいくとあんたの婆さんはネタ製造機じゃないのさ。
婆さんがあんまり変なことをやるのでしかっていたら、デイサービスから帰ってきてもバスからなかなか下りないのさ。
それで聞いてみたらやっぱり、帰りたくないとだだをこねていたらしい。
仕方なく降りてきて玄関で靴を脱ぎながら、「全く番兵さんがうるさいから、、、。」とぶつぶつ文句を言ってるのさ。
番兵さんってきっと私のことなのさ。私が隣に居るってのにさ。
すが
親方から今度は番兵さんか。惚けてるから時も場所も考えないんだろうな。
純子
こないだはシャツの袖を器用に足に通してるんだけど、途中でつかえて上がらないで居るから「ばあちゃん、何してるの。これは上に着る物でしょ?」というと「ああ、そうなんですか。どうもおかしいとは思ったんです。」っていうのさ。おかしいと思ったら気付けよ。年寄りはよく言い訳して自分が惚けていないふりをするよ。
介護認定受けるのに職員が来ると、いつもは惚け惚けのとんちんかんな事ばっかりやってるのに、突然シャキッとなって受け答えも普通になってしまって、介護認定を受けられないって相談が良くラジオでやってるよね。
家の婆さんだって職員が来ると構えるのか、普通の受け答えをするから、初めは惚けていないと思われるんだけど、長く話していると私のことを娘だと言ったり、二人暮らしだと言ったりするんで、こりゃ変だぞって思うんだよね。
婆さんは必ず言いつけたことの反対の事をするよ。
寒い時はパンツもはかずに居るし、暑いときは汗だくで布団をかぶっているし、服も必ず後ろ前だしね。
それで注意すると「はい、わかりました。」と、お返事だけは良いんだけどやっぱり後ろ前なのさ。
すが
お返事だけが良いのが取り柄かな。
去年、朝「えくぼ」のママの家の前を通りかかったら救急車が止まっていて、婆さん骨でも折ったかなと思ったけど、仕事があるからそのまま通り過ぎて後で聞いたら、婆さんが朝、トイレへ行ったきり何時までも出てこないので心配して見に行ったら、座ったままぐったりしていて、いくら呼びかけても反応しない。それで救急車を呼んで隊員が二人がかりで担いで運びだしていたら、孫が「大きいばあちゃん今、あっかんべえしたよ。」という。
悪い婆で、倒れたふりをしていたんだね。救急隊員にはあやまらなきゃなんないし、大変だったらしいよ。
その婆さんも今は入院生活だけどね。
純子
可愛い年寄りにならないといけないね。家の婆さんなんか私が施設に行って「菅沼の家族の者なんですけど」と言うと、「ああ、あの菅沼さんのご家族」と言われるんだよ。「あの菅沼さん」だよ。
絶対、わがまま言ったり悪態ついてて、職員の間で話題になっている困った婆さんなんだと思うよ。
連絡帳に良く、今日はご機嫌が良くなくてお風呂に入りたがらなかったので、とか書かれているもん。職員もなだめるのが大変だろうと思うよ。
仕事だから我慢出来るのさ。
すが
家の娘も同じ仕事しているけど、殴られる事もあるみたいだよ。
娘は空手やってたからどうとも思わないけど、理想と現実の差にショックを受ける子もいるだろうね。
純子
あんたがヘルニアで入院していた時のトヨばあちゃんは可愛かったね。
何時もお人形大事そうに抱えていてさ、赤ちゃんみたいだから職員にも可愛がられていたね。
あんな年寄りになりたいもんだね。