市井のウンコ研究家がウンコのロマンを雄弁に語る! 番外編 by 蚊割 茂太
最近我が家では昼といわず夜といわず、奇妙な現象が起こっている。
誰かがトイレに入るとトイレの中から「おーでん、つくね。おーでん、つくね。」と囁いている声が聞こえるのだ。声は時には「かったこーり、かったこーり。」と聞こえることもある。我が家に妖怪が住み着いたのだ。それで水木しげる先生の妖怪大百科を紐解いて調べてみたのだが、ぴったり合致する物がない。確か和式の便槽の中から長い舌を出して尻を嘗める妖怪がいたはずだが、きっとこいつはその亜種なのだろう。
それで我が家ではこの妖怪を「尻なめ妖怪 宇尾臭列島」と呼ぶことにした。
思えばこの妖怪が我が家に住み着いたのは約一と月ほど前、(有)渡辺暖房の社長でもあるナベちゃんが、「旦那、掘り出し物の良い便器がありやすぜ。モデルルームで使ってたヤツで新品なんでさあ。もし良かったらリフォーム祝いとしてプレゼントしますぜ。」というので「それなら便座はシャワー式に交換して貰おうかな。」と言ったのが始まりだった。
リフォームの工事が始まって数日後、9月にしては真夏並みの暑さの中、ナベちゃんは便器を抱えてやってきた。まあ、本当は車に積んできたんだけどさ。
「これがその便器でさあ。」と言うので見ると、成る程確かに光沢を放つ新しい便器であった。なんとはなしに嬉しくなる。それから二人で床を剥がしたり、配管をつないだりして、大層美事に据え付けられた。ナベちゃんが帰った後意味もなく水を流したり、座ってみたりして見たが、実際に使うのは明日の楽しみということで、その日は夫婦二人で新品の便器になったことを祝いささやかな祝賀の宴を開いた。その後、恐ろしいことが始まるとも知らず。
最初の数日は工事の道具が発する音で気づかなかった。
しかしある夜、急に大の方を催しトイレに入りすっきりとした後で、我が家のトイレの天井に貼られた星座のクロスを見上げながら「洗浄」のスイッチを押し、それからムーブに切り替えてしばらくすると、尻の下から「かったこーり、かったこーり」と囁く声が聞こえる。それで「何だろう?」と尻をずらすと今度は「おーでん、つくね。おーでん、つくね。」と聞こえる。「何事だ!」と立ち上がり便器の中を振り返ると、怪しげな何かがスーッと便座の中に吸い込まれてゆくのが一瞬見えた。
「おのれ妖怪!逃がすまじ!」と掴みかかったが敵の逃げ足が一瞬速く、捕まえ損なってしまった。
あわてて居間に戻り妻に
「家のトイレ、なんか喋ってるぞ。」と言うと
「何、馬鹿なこと言ってるのさ。そんな訳ないしょ。」と言って果敢にも妻はトイレに入って行った。
しばらくして戻ってくると、
「ほんと、最近のシャワートイレって賢いね。ちゃんと綺麗に洗ってくれて、最後はノズルを自分で洗って綺麗にするんだね。あんたの見たのはノズルが引っ込んでゆくところだったんだよ。こんな役に立つ妖怪ならいくらでも居て欲しいわ。」と言う。
しかし妻はシャワー式トイレの開発にまつわる恐ろしい秘話を知らないのだ。
その後、私が調べたところ温水を噴射して尻を綺麗にする便器は1960年代にアメリカで医療、福祉用として開発された物を輸入していたのだ.
その後これを国産化して売り出したのだが、値段も高く温水の温度が安定せず、熱水が噴き出してやけどをしたりして一般には広がらなかった。
日本の○社がそれを一般に普及させる為に開発チームの長として抜擢したのが開発部のA氏であった。
良くある、外国が発明したが量産化や実用化出来なかった物を日本人の執拗な粘りが、試行錯誤を繰り返しながらも一般に普及できるほど使いやすく実用的な物に練りあげていった例で、ドイツが諦めたバンケルエンジンをマツダが改良してロータリーエンジンを作り上げ、一般車に搭載出来る迄にしたことなど、その一例だろう。
A氏も開発に当たり、体格の差による肛門の位置等を考慮し試作品を作り、社内の有志を募り試験して、最も適切な噴射角度、水の噴出速度等を決めていった。噴出角度一つにしても、ウンコをこそぎ落とした水が便座の裏や、身体の他の部分にかからないような角度を見つけ出すには何度も試行錯誤が繰り返された。
こうして○社は1980年に実用に耐えうる温水洗浄便座を発売した。
開発を終えてほっとしたのもつかの間、A氏は上司に呼ばれ
「君、なかなか温水洗浄便座の評判は良いみたいだよ。どうかね、どうせならビデ機能の付いた温水洗浄便座も作ってみないかね。」
と言われ、堅物の、自分の研究以外のことは何も知らないA氏はビデの事を上司に説明を求め、上司は困惑しながらも、女性器を洗うためのものでヨーロッパなどではごく普通に普及していることなどを説明した。
A氏は研究一筋の男であったから一旦目標が決まるとなると他の物はすべて忘れ、無我夢中で開発に打ち込んだ。
そもそも堅物の男であるから妻以外の物はよく知らない。
その妻もたしなみ深い女であったから、事の最中は灯りを暗くして居るので肝心の研究の対象が良くわからない。
まず敵を知らなければと思いある夜、事の最中にむっくと起き上がり灯りを点けて妻の股を無理矢理広げようとしたら、
「あなた、突然何するの!」と平手打ちを食らった。会社では女子社員に「ちょっと見せてくれ。」と言っては叩かれ、仕方なくストリップ小屋に行ってストリッパーの股間を穴の開くほど凝視して研究した。
顔も股間も腫れ上がる辛い日々だった。なかなか研究が進まず、研究室に泊まり込んで仕事をすることも良くあった。不自然な姿勢で便器を見つめるためか、肩こりが酷かった。
しかしマッサージに行く暇もない。
そういう日々の唯一の息抜きが屋台で飲む1杯の日本酒だった。
「親父、日本酒一本つけてくれ。おでんも頂戴。つくねもね。あー旨い。」
しかし開発期限が迫るにつれ心労のためかA氏の顔はやつれ、頬はそげ落ち、目は落ち窪んできた。ただただ研究を期日までに成し遂げんと目だけがぎらぎら光る様子には鬼気迫る物があった。
A氏の情熱とスタッフの努力で研究が進み完成間近と思われたその夜も、A氏は他の社員が帰った後も遅くまで一人で残って研究を続けていた。
翌朝研究スタッフが研究室のドアを開けてみるとA氏の姿は何処にも見当たらず、代わりにA氏が徹夜で完成させたのだろうと思われるビデ機能付きの新型温水洗浄便座がドアの前に置かれており
「かったこーり。かったこーり。おーでん、つくね。おーでん、つくね」
とノズルを出し入れしながらさえずっていた。その後のA氏の行方は杳として知れない。
おそらく研究に全身全霊をうち込んだあまり、温水洗浄便座に魂が乗り移り「尻なめ妖怪 宇尾臭列島」と化してしまったのでは無いかと思われる。
A氏の魂の乗り移った「宇尾臭列島」はその後日本のあちらこちらの家庭の便器に巣食い、
今もあちらこちらの家庭や会社のトイレで
「かったこーり。かったこーり。おーでん、つくね。おーでん、つくね」とさえずり続けているのだ。